〜私とHula〜前編

 



Hulaと私

出会いについて

振り返りながら綴ってみようと思います




【幼少期】〜表現する事で解放された私の心〜


思えば幼少期から

音楽を演奏する、歌う、踊る

人前で、ステージで、表現する事が大好きでした。

そう聞くと、人前で快活に振る舞う明るい女の子を

想像するかもしれませんが、全く違います。

引っ込み思案で大人しく、隅っこで1人でいるタイプでした。

まさか人前で歌ったり踊ったりする事が好きな子だなんて

全くそうは見えない地味〜〜なタイプ。

クラスのイベントでは、どこの班にも入れずに

虐められちゃうような子だったんですよ。




もしかしたら、

人と話してコミュニケーションをとるのが苦手な分

自分の中に溜まっている溢れ出しそうな感情や妄想を

音楽や踊りで発散したかったのかもしれませんね。

小説やマンガ、アニメや映画なども

妄想を膨らませてくれる大切なツールでした。




マーチングバンドやブラスバンド、合唱、ロックバンドやソウルバンドなどを経て

「歌う」という表現方法は社会人になってもしばらく続きましたが、

「踊り」に関しては幾つかのジャンルを習いにいってみたものの

心底ハマる、、、というものには出会えませんでした。




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【序章】〜レジェンド達との出逢い〜


20代中旬、行きつけだったお店がレジェンド級が通うハワイアンバーで、そこで目にしたハワイアンLiveとHula、そしていつもモニターで流れていたメリーモナークのカヒコの映像が、私の中にくすぶっていた「踊りたい欲求」に小さな火をつけました。




古典フラ「Kahiko」は華やかなフラのイメージとは全く違う

土地の香りや祈りを感じる踊り。

私の身体?魂?内臓?が求めている感覚がしました。

「土着の踊り」としての Hula に強く惹かれたのです。



そしてそのお店は「演奏出来る人が演奏し、踊れる人は踊る」というカニカピラスタイルが繰り広げられていて、今考えたらレジェンド揃いの凄い場面を目の当たりにしていたわけです。(アンクルジョージや、コディプエオパタ、窪川京子先生も度々いらしてました)



素晴らしいアーティスト

素晴らしい伝承者

魅力的なダンサー



フラについて何も知識が無かった私でしたが

彼らとの出会いによってスイッチが入った私は

お店の方が通うHula教室へ連れて行ってもらいました。

それが最初に入ったハラウ(お教室)でした。




続きはまた次回のブログで🎵

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